「テロ災害における外傷救護~事態対処医療~」(2020/2/21)
防衛医科大学校 戸村 哲さん(紹介 石澤 敦会員)
今回、「テロ災害における外傷救護 ~事態対処医療~」というテーマでお話しさせていただきました。
2001年の「9.11アメリカ同時多発テロ」を皮切りに、世界各国におけるテロの発生件数は飛躍的に増大しており、国際情勢において急速にテロリズムの脅威が高まっています。わが国では2019年ラグビーワールドカップが盛況のうちに無事に幕を閉じましたが、今年は東京オリンピック・パラリンピック、2025年には大阪万博といったビッグイベントを控え、決して油断していられない状況にあります。テロリズム等の緊急対処事態が発生した際の救急医療体制は、米国では事態対処医療(TEMS;Tactical Emergency Medical Support)と呼ばれ、有事・軍事における戦術的戦傷救護(TCCC;Tactical Combat Casualty Care)がその基盤とされています。近年のテロリズムのほとんどは爆発物や銃火器が用いられた意図的な殺傷事案であり、このような受傷機転は戦傷においてもその約9割を占めることから、戦傷救護のノウハウが事態対処医療においても非常に重要と考えられているためです。
わが国の救急診療における外傷患者の受傷機転の上位項目は、交通事故、転倒、墜落・転落であり、これらだけで全体の約8割を占めます。そしてこのような受傷機転のほとんどは「鈍的外傷」と呼ばれます。これに対して戦傷では、飛来する破片や銃弾による受傷がほとんどであり、これを「穿通性外傷」と呼びます。「穿通性外傷」では大血管の損傷をきたしやすく、危機的な活動性出血を招き、数分で致死的な状況に陥ります。したがって戦傷救護では、通常の救急診療とは異なり、出血のコントロールを最重要課題としている点に特徴があります。これは戦術的戦傷救護を民間に応用した事態対処医療でも同様であり、通常の救急診療における「救急のABCDE」に対して、事態対処医療では「MARCH」というアルゴリズムが提唱されています。「MARCH」とともに、「脅威の排除」、「Buy the time」といった概念が、事態対処医療では重要と考えられています。
またこのように、米国で戦傷救護の概念を民間に応用する流れが生まれた背景には、米国が世界一の銃社会であり、年間6万件近い銃犯罪が発生している状況があげられます。過去の銃乱射・大量殺傷事件において、負傷者の救出や応急処置、病院への搬送、初期治療の遅れのために、本来ならば助かったはずの命が失われた可能性が指摘され、民間でも早期止血の重要性がいわれるようになりました。軍から民間に救急止血プロトコールを移行し、多数負傷者の出血死を防いで生存率を高めるために、国家としての政策作成のための合同委員会が開催され、2013年に「ハートフォードコンセンサス」が発表されました。その後も委員会開催の回数を重ねながら、通常の救急医療体制において、どこでも救急止血がおこなえるように、多くの組織や社会の賛同を得て整備が進んでいるようです。そしてわが国でも、少しずつこのような動きがみられはじめているところです。
最後に、今回このような機会をご紹介いただいた順天堂大学脳神経外科の大先輩である石澤敦先生、会長の小林清様はじめ会員の皆様にはご清聴いただき心より感謝申し上げます。ありがとうございました。